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~ヴィジェバノへの旅~
ヴィジェバノはミラノの南西に位置し、ロメリーナ平野のティチーノ川沿いにある街です。
この街は製靴業の街としても知られており、また多くの芸術や歴史の街としても有名です。
その中のドゥカーレ広場は、イタリアの中でも有数の美しさを持つ広場といわれ、またその城はロンバルディアでも大きい方だといわれています。
ヴィジェバノの街は中世の時代に誕生しましたが、14世紀には素晴らしい芸術家を抱えていたビスコンティ家の、そして15世紀にはスフォルツア家の支配下となりました。
多くの世紀に渡ってヴィジェバノでは羊毛や絹製品を主とする繊維工業が盛んでしたが、1850年以降これらが衰退したあと製靴業が栄え、現在に至っています。
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Il
Castello - カステッロ(城)
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城は街の最も高い位置にあります。
1341年、ヴィジェバノの行政長官であったルキーノ・ビスコンティが ミラノへ通じる道の監視のための要塞(ラ・ロッカ・ベッキア)を築かせ、1345年には四辺に角に突起模様を施した4つの塔を持つ城本体(イル・マスキオ)を建築させました。
その2年後、二つの建物(ラ・ロッカ・ベッキアとイル・マスキオ)は屋根付きの通路でつなげられ、街をまたぐ橋として城から要塞へ容易に行き来できるようになりました。
屋根付き通路は、長さ164m幅7mの二階建てで、下の部分は街の高さに位置し、街の通行者を二分できるようになっており、頑丈な壁と丸屋根がついていました。
丸屋根の上に築かれた通路は突起模様の壁に続いていて、木の梁の屋根を持っていました。
上階通路の中央には、開放された長方形の部屋があり、そこではロンバルディア独特のモチーフである“S”を配したひし形の装飾を見ることが出来ます。
1492年から1494年、イル・モーロと呼ばれたルドビーコ・スフォルツア公爵は、1000頭もの馬を収用できる厩舎(きゅうしゃ)や塔、鷹舎、貴婦人の部屋などの建築を終えました。
“イル・マスキオ”は装飾された数々の部屋を持つ高級住宅に姿を変えました。
しかし、1535年スフォルツア家は終焉を迎え、城はスペイン人の支配下となり、衰退の道をたどり始めました。
La
Scuderia - 厩舎(きゅうしゃ:馬小屋)
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1490年に、ルドビーコ・イル・モロによって甥のジャン・ガレッツオが所有する馬のために建てられました。
その内部は、2列の円柱によって三つの空間に分割され、その両端の空間は馬のために、そして中央部分はその世話をする人々のものでした。
また、そこには彫刻がほどこされた柱頭や教会のような丸十字の天井などが見られます。
この馬小屋のスタイルはレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画の中の“ポリータ・スタッラ”からとったものだと言われています。
上階部分には、馬の世話係のための空間だろうと思われる部屋がありました。
厩舎の外部には、おそらく建築家ブラマンテの作であろう“だまし絵”を見ることが出来ます。
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